群馬県前橋市大利根町


2003年11月、僕はまた引っ越した。
旅があまりにも多く、不在期間の高い家賃を払うのが
バカバカしいと感じたからだ。
また、当時3歳になろうとしていた娘を、自然の多い環境で
育てたかったというのが理由だ。
妻の実家の近くに、格安で借りられる家が見つかった。
義父母にいちばんかわいい時期の孫とたくさん触れさせて
あげたいという気持ちもあった。


引っ越してすぐ、家族3人で西オーストラリアを中心に
2ヶ月ほど放浪の旅に出た。
この旅はとても実りの多い旅で、テント生活も楽しかった。
海の色は世界一といえる西オーストラリア南部のエスペランス・ラッキーベイ
からジンベイザメの名所と呼ばれるケープレンジ国立公園まで北上。
4000キロほどを走った。


当たり前のようにいるイルカやエミュー、カンガルー、大トカゲ
などの野生動物にいちいち大喜びする娘の反応は楽しかった。
僕は原始の地球のような西オーストラリアの風景を撮りまくった。
美しく広大なビーチはいつも独り占め。
ハエや蚊、サンドフライといった虫の攻撃さえうまくかわせば
最高に楽しい旅だった。


相変わらず朝飯にシリアルやフルーツを食べながら
昼飯と夕食の相談をする。
40度を超える暑さだったので、日本から持参したそうめんやそば
うどんやおもちが最高のごちそうになった。
移動で町を通りかかれば、ハンバーガーやステーキサンドイッチのごちそう。
夕食は明るいうちにすませ、夕方は家族で散歩しながら僕は写真を撮った。


その旅が終わると娘は幼稚園に入園し、3年間を近所の幼稚園で過ごした。
毎年冬の1〜2ヶ月は幼稚園を休ませ、オーストラリアに行った。
夏は家族みんながはまり出した、南の島へ毎年旅した。
沖縄や八重山諸島を、10日ほどさまよった。
この習慣は、今も毎年続いている。


年に一度ぐらいお誘いがかかり、親友の作家ロバート・ハリスのお供で
ギリシャ、モロッコ、イタリアを旅した。
ユーロ圏は物価が高く、自費での旅はきついが、取材ということで
自由な旅ができたのは大きな経験になった。
各所にたくさんの友人もできた。
僕が撮る作品のバリエーションもぐっと増えたし、旅行記ならではの
写真を撮るコツも身に付いた。


愛犬のビーグルも10歳を超えて、まだまだ元気だったので
毎日カメラをぶら下げ、田んぼや赤城山や軽井沢、利根川の河原に
写真を撮りに行った。
ただ、文化的生活とは無縁で、月に2〜3度新幹線で東京に
打ち合わせに行く以外は子供とアンパンマンやドラえもんを観たり、
大型スーパーやホームセンターに買い物に行く程度の日常だった。
この期間、写真集「雲を追いかけて」「空の模様」写真詩集「夢にむかって」
「自分の物語」を、たっぷりあった時間を使ってまとめた。


東京や外国から、長期宿泊客も訪れた。
そんな時は周りにたくさんある日帰り温泉や、ガラガラに空いている
プールで楽しんだ。
写真を撮りに、名所である赤城山や榛名山、妙義山などにも行ったが、
樹がうっそうとしていて、広い空を撮るには不向きだった。


2006年の後半から仕事が忙しくなり、東京へ通う機会が増え、
愛犬の死と娘が小学校に上がるのをきっかけに、東京に戻ることに決めた。
最後にまたゆっくり西オーストラリアと思い、家族で2ヶ月放浪した。
この頃になると、3日キャンプが続くと「パパ、そろそろプールのある
ところに泊まろうよ」と6歳の娘は発言するようになり、旅の経費が飛躍的に
増えるようになり、泣かされた。


そして2007年3月、久しぶりに東京へ戻った。




2010年5月15日

HABU